阿Qは自己変革ができる [現代中国]

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 いわゆるウェスタンインパクトに対して、第三世界の国民や政府が反応するタイプにはおおまかに次の三つがあると思われる。
     1、 阿Q的攘夷
     2、 大攘夷
     3、 全面的西欧化
 1の「阿Q的攘夷」は、もちろん『阿Q正伝』の主人公の言動からとったものである。
 阿Qは銭家の西洋かぶれの長男「にせ毛唐」を憎んでいた。こいつは辮髪まで切っている以上「外国のまわし者」に相違ないと阿Qは判断した。だから、阿Q的「革命」においては真っ先に「やっつける」対象になるのだ。「自分の理解できない事柄・人物はすべて敵」というのがこの阿Q的攘夷の精神である。
 この極めて偏狭な精神は、この小説の中だけに存在するものではない。長州藩士によるイギリス領事館放火、紅衛兵のイギリス大使館襲撃、ポルポト、タリバン、そして、ネトウヨとつい最近の・・・という現代のこの精神の後継者の存在がそれを物語っている。

 2の「大攘夷」は、幕末を舞台にしたかなり以前のテレビドラマからとった。薩英戦争の敗北に意気消沈し腹を切ろうとした薩摩藩士に、大久保一蔵が「これからは大攘夷だ」と言って士気を奮い立たせるという場面からである。
 大久保本人が本当に言ったかどうかはわからないが、印象的な言葉だったので採用した。この大攘夷の精神を一言でまとめると、「中体西用」(日体西用、韓体西用でもいいが)* となろう。つまり、「本国の伝統文化はそのままに西洋の物質的文明だけを採り入れ西洋列強に対抗していく」というものである。
 これは第三世界の開発独裁政権の基本的イデオロギーでもあり、より洗練すれば民族解放の理論にもなるわけである。
(* この言葉は厳密には清末の洋務運動の理念を指すものであるが、それを広く解釈してみた。)

 3の「全面的西欧化」については説明するまでもないだろう。ここではその根本的弱点について指摘するにとどめる。
 それは何よりも民衆的基盤がないというところだ。民衆から見れば、こうした思想は「字を知っている人たち」のわけのわからないお遊びにすぎないのだ。これが民衆蔑視と結びつけば、本来の理想とは対極のおぞましいものに変わってしまう。旧南ベトナム政府のフランスかぶれの無能官僚ども、まったく民のことを考えず権力闘争にあけくれた連中はその典型と言えよう。


 以上の3タイプはあくまでイデアルティプスであり、現実にはこれが混合した形で存在している。ここで私が強調したいことは、その合成のあり方によって(理想的とまでは言わないが)安定した政権が生まれたり、愚劣な政権が生まれたりするということである。
 とくに私が懸念するのは、2が1に近づいていく時、すなわち、開発独裁政権の指導者が民衆におもねるため、あるいは民衆の不満をそらすため、阿Q的攘夷を喧伝し始めた時、愚行は頂点に達する。シバリョウの「明治政府は健全で昭和の軍部独裁は不健康」という見方も、「2が1に近づいてしまった」ことの結果だけを見た表現と言えるかもしれない。

 そうさせないためにはどうすればよいのか。一つの答えは民衆の自己変革だと思う。そこに3のタイプの知識人層の役割が存在する。民衆を「阿Q」と見下し自分たちの「高尚な世界」にとどまるのではなく、「阿Qは変わることができる」という信念を持って、無数の阿Qたちのもとへ下りて説得していくことである。これは苦しく長い道のりだろう。しかし、私は必ずこの努力は実を結ぶと信じる。

 さて、慧眼な読者なら、私がなぜこんな雑文を書いたのか、また、なぜこのブログに投稿したのかおわかりであろう。これは過去の歴史についての話ではない。まさについこの間の(今でもくすぶっている)一連の出来事から得た感想なのである。(HN)
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