唐詩痛解―李白「静夜思」を読む― [日記]

 唐詩痛解―李白「静夜思」を読む―

以前南京で教鞭をとっておられた烏先生(ペンネーム)の、ある意味では衝撃的なエッセーです(執筆は南京在住時)。なにせ「李白はベッドの前であの静夜思を詠んだのではない」というのですから。
                          
 ここに言う「痛解」は烏の造語である。いや、正確に言えば、信州大学の早坂さんの造語「痛読」の流用である。「痛読」は痛快に読むという意味だそうだから、「痛解」は文字通り痛快に解釈するとでも言えようか。
中国の学生の、唐詩を諳んじていることには驚かされる。300首はともかく、20,30首ぐらいなら朝飯前であろう。何しろ小学校のころから、覚えさせられるらしい。

わが国にも「小倉百人一首」や芭蕉の『奥の細道』や蕪村『蕪村七部集』など、すばらしい歌集、紀行、句集等がある。若い人たちにもせめてこれぐらいは日本人の基本的教養として、身につけてもらいたいものである。
「静夜思」は李白の詩に中でも、もっとも人口に膾炙していて、知らない人はない。

牀前看月光       牀前 月光を看る
疑是地上霜       疑うらくは これ地上の霜かと
挙頭望山月       頭を挙げて 山月を望み
低頭思故郷       頭を低れて 故郷を思う

31歳の秋、湖北・安陸に寓居していた李白は月光を見て望郷の念を起した。この詩の含蓄はさておき、どう見ても解釈に齟齬が生じそうには思えない。ところがである。その解釈を見ると喫驚する。とくに、日本と中国の解釈はまったく違っているのである。

『漢和辞典』(角川書店)は牀(床)を解して、ア、寝台、イ、物を置く台とし、アの下に、「牀前看月光」〔李白・静夜思詩〕とする。前野直彬編『唐詩鑑賞辞典』(東京堂)は通釈でこう述べる。

寝台の前が明るく光っているのを見た。おや地面に霜が降りているのかなとふと思ったが、それは月の光だった。頭をあげて眺めると、山の端の月が輝く。月をじっと見つめていれば、いつの間にかまたうなだれて故郷のことを思いつづける自分だった。

ついでにネットで検索してみたが、いずれもこの解釈を出るものはなかった。してみると、これが日本の解釈の最大公約数といえるであろう。つまり、牀とは寝台、これである。

ところが中国では「窓を透してきた寝床の前の月の光が、薄く下りた霜に思われた」という、窓とする解釈もあるが、最近では、牀は井台(井筒、井戸枠)という解釈が有力だ。中国教育家协会理事程实将は、それを実証するために一論文を草し、友人と《<静夜思>诗意图》を作った 。また別の学者魏明倫は、「《静夜思》中の“床”は明らかに井筒であり、井戸、この民俗意象が全诗の核心的シンボル」と述べ、古代において井筒は数メータあり、方形で井口を囲み,人が落ちるのを防いだ。それは床に似ており、ために银床とも呼ばれたという。つまり、この解釈では牀は井筒、これである。
 
右は頭を垂れる李白、左は叢雲の中の名月、真ん中に井筒

烏はこの点に関しては中国の学者の説にかなりの説得力があるように思われる。同じく李白の「長干行」の日本人学者の訳文を見ればその理由がたちどころに判明する。岩波新書『新唐詩選』は、

郎骑竹马来
遶牀弄青梅
を訳して、

郎は竹馬に騎りてきたり
 床をめぐりて青梅を弄びたまいぬ

とする。これは中国の寝台がどんなものか知らない者の言である。現代中国語の床に惑わされた結果である。一体、中国のベッドは一面が壁についているので、めぐれる道理はないのである。したがって、これは井筒と訳すべきである。 では、どうして彼我にかような解釈の違いが生じたのか。それからが烏の痛解だ。
 
実を言えば、日中それぞれが依拠する李白の絶句そのものが違っているのである。中国が依拠する「静夜思」はこのようになっている。

牀前明月光       牀前 月光明るし
疑是地上霜       疑うらくは これ地上の霜かと
挙頭望明月       頭を挙げて 明月を望み
低頭思故郷       頭を低れて 故郷を思う

 李白の見たのは季秋の明月である。明月は中空高く架かっている。だから仰ぎ見たのである。寝台から半身を起して、山際の低い月を見たわけではない。そうでなければ、「頭を低れて」という言葉が死んでしまう。
 
月の光で降霜かのように明るく光っているのは木製の井戸枠。もし、山際に架かる低い月の光なら、井筒は黒い影になって見えないはずである。井台はどこまでも明るい。李白は部屋を出て、庭に立っている。中空の月は井筒を照らしているが、室内は真っ暗だ。だから、彼は庭先に出たのである。低い月が窓から差し込むぐらいなら、それが霜でないぐらいは一目瞭然である。旅にあって、故郷を思う李白はあくまでも真摯である。李白の名誉にかけても、ふしだらに寝台に寝そべって、この詩を詠んだというような解釈は許してはならない。
 
ところで、烏のベッドは南面しているので、月は見えない。満月になると北面したドアーを開ける。東の方、祖国のほうから大きい満月が昇ってくる。何時も頭を挙げて故郷を思う私がいる。
                        

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山科

 清夜思にはテキストの違いが多く、最新の李白全集では、日本で使われているテキスト  南宋 蜀本 が定本になっているようです。中国の教科書で使われているのは唐詩三百首のテキストです。

  ベッドについては、唐時代中期までは、椅子生活ではなかったので、現代中国の寝台を考えてはおかしくなるのではないかと思いました。

by 山科 (2017-05-14 11:16) 

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